自覚をすること。

大逆転ステップ!

自覚をすること。

『人間関係の基礎』

のつづきから

自分の出来ていない部分を知っていく

というのは

恥ずかしい事のように感じるかもしれません。

出来れば、見たくないし

出来れば、知りたくもない。

知らなければ、今までどおり

普通に生活が出来るから。

でも、知ってしまったら

これからどんな顔をして生きていけば良いのかわからなくなる

そんな風に感じていました。

昨日まで何も思っていなかったのに

それを知ることで

実は、周りの人に

そんな風に見られていたんだ。

ということが分かってしまうと

自分の何もかもが

恥ずかしくなってしまい

どうしたらいいのかがわからなくなりました。

本当に、みんなに謝りたいくらいでした。

自分のしていた

自己中で我儘な振る舞いで

振り回してしまった事を

謝って許しを乞いたい

とさえ思いました。

。。と同時に

それでも、一緒に居てくれたことが

ありがたくも思えました。

今まで、はばにされたと

腹を立てていた事も

そりゃ、そうなるよね。

わかるよ。

今の私でも、昔の私に対して

同じ様にするもん。

そうも思いました。

もし、こんなことも

たった独りでやっていたら

私はとっくに心が折れてしまっていたと思います。

でも、支えてくれる環境と、

カウンセラーの先生がいたからこそ

挫折せずに前に進むことができました。

先生に常にいってもらっていたのは

『しゃあないやん、その時はそれしかできなかったんだから。

これから、変えていくんでしょ?

じゃあ、その時にどう思われていたかなんて

関係ない。

これから、どうしていくかだけを考えていけば良い。』

ということでした。

こういう支えも、親とは全然違います。

親は確かに血のつながりがあるかもしれませんが

こんな風には支えてくれませんでした。

血縁なんて関係なく

自分が前に進みたいと思っている時に

こういう後ろ盾になってくれる人がいれば

人は孤独になんてならないと思います。

そして、そういうことをしてもらってきた

という経験により

今度は自分が

支える側の人間にもなれるのです。

ただその家庭に生まれただけなのですが

そこの家庭の中心人物が

どんな人かで

何を学べるかが決まってしまいます。

私の場合

人を、蹴落とす、バカにする

如何に自分が優位に立つか

という争奪戦のような環境で育ちました。

そんな場所で

人に優しく

という概念すらできません。

人に優しくなんてしたら

ナメラレルだけ!

人生は戦いだ!

と思っていました。

でも

こんな感覚の私でさえも

ちゃんと自分と向き合い

学び直していけば

人を支えられる側の人間に

十分、変わっていけるのです。

そのためには

まずは、自分が今何をしているのか

自分にはどんな感覚があり

どんな感覚が足りないのか

ということを

自覚する必要があります。

その自覚によって、やっと

今の自分ではだめなのだ

このまま突き進んでも

いい結果にはならないのだ

ということがだんだんと解ってきます。

それと同時に

このままいくとどうなるのか

という未来も

見えてきてしまうのです。

でも、その未来は

今からでも十分に

ひっくり返すことが可能です。

そのためには

まずは

自覚すること。

そこで自分自身を

恥ずかしいと思うことができれば

これは大チャンスです!

そう感じることで

やっと、今のままではいけない

変えていかなくてはいけない

と覚悟が出来るのです。

でも、自覚が出来ないうちは

まあ、なんとかなっているだろう

という感覚に流されてしまい

のらりくらりと

今の状態を続けていくしかなくなってしまうのです。

その先に待つものは

。。。つづく

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